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30周年 初代HONDA NSX開発責任者のメッセージ

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HONDAから初代NSX開発者責任の上原繁さんのメッセージが公開されています。

こういった情熱のある方が頑張っていたから今のホンダがあるといっても良いのではないでしょうか。

今見ても非常に格好良いと思う初代NSX。僕もNSXには憧れました。

今のNSXも素晴らしい車だという事は確かなのでしょうが、僕は未だに実車を見たことがないのが残念です。2代目NSXの発売前は初代と同じような価格帯で発売されるとアナウンスされていた時期もありましたが、軽くその倍の金額を超えた価格設定になってしまいました。せめて1,500万円位で発売されればまた違ったHONDAが見られたかもしれません。

話がそれましたが、だかたといって、今の技術者に情熱がないという事にはなりませんので、日本の自動車メーカーには頑張ってもらいたいと願っています。

経営状況があまり良くないとささやかれるHONDAと日産ですが、どちらも日本の名車を沢山作ってきたメーカーですので、本当に経営を立て直してほしいです。

 

こちらはNSX 30thストーリー動画です。

やっぱり格好良い!

今となっては、状態の良い中古車の初代NSXはほとんど出てこないでしょう。

クラシックカーやネオクラシックカーと呼ばれるくるまにほとんど興味がない僕ですが、いつか手に入れてみたいと思う1台です。

www.honda.co.jp

 

初代NSX概要

Wikiからの抜粋です

キャッチコピーは『our dreams come true』、『緊張ではない、解放するスポーツだ』。 車名はホンダの新しいスポーツカー、「ニュー」「スポーツカー」と未知数を表す「X」を合成させたNew SportsCar Xの略である。

もともと第2期F1参戦を機に「世界に通用するHondaの顔を持ちたい」との願いから発売された車であり[1]、バブル景気絶頂期の1989年に発表、翌1990年9月14日の販売開始から2006年1月末までの16年間の長きにわたってフルモデルチェンジを行うことなく製造され、2005年12月まで販売がなされた。価格は販売当初は1グレードのみの800万円(AT仕様は60万円高)に始まり、車両の改良や装備の追加などによる値上がりとカスタムオーダープランへの対応で900万 - 1,500万円台となった。なおこの15年間は当時のスポーツカーの新車価格では日本車最高額だった。ホンダにおけるフラッグシップの役割を担っていたが、NSXの生産終了以降はレジェンドにその座を譲った。

運転席後方に搭載し後輪を駆動するミッドシップエンジン・リアドライブ (MR) を採用している。また、当時市販自動車として類を見ない世界初の「オールアルミモノコック・ボディー」を採用した。1990年にはこのボディ構造が、社団法人自動車技術会の「日本の自動車技術180選」の「車体」部門で「剛性解析により理想的な高剛性設計とした」として選出されている。その特殊性から、工場に発電所を併設したり、大工場での産業用ロボットによる流れ作業製作ではなく、エンジン同様、車両の生産は全て手作業で行っていた。このような特色と価格帯から、日本車で唯一のスーパーカーと評された。

日本での販売店ベルノ店。日本国外ではホンダブランドのほか、北米ではホンダの高級車チャンネルのアキュラブランドから発売。日本名と同じ「NSX」の名前で販売された。欧米で2006年から始まる燃費・排ガス環境規制への対応が難しいため、欧州向けは2005年9月末[2]、北米向けは同年12月末[2]、国内向けは2005年をもって生産終了となった。

ja.wikipedia.org