0か100かそれとも50か

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欲しい物を手に入れると言う事について、とても迷うことがあります。
金銭的に余裕がある場合、もしくは欲しい物が安価な場合は迷わず欲しい物を購入するようにしています。欲しい物を購入するといっても、僕は購入するものは絞込み、必要のない物は買わないようにしているので、無駄遣いはしない傾向にあります。欲しい物があるといっても、自分の中のルールに基づいて、欲しくても無駄なものは買わないようにしているのです。
僕はお金で買える夢は積極的に買えばよいと思っていますので、できるだけ購入する努力をしています。しかし、ある程度の金額を越えてくると、どうしても無理なんじゃないかと思う事が出てきます。
その場合、自分なりの中での妥協点を探しにかかります。たとえば、欲しい物があるが金額的、またはその他の理由により購入が難しいと思う時に、購入するのを諦めるか、または、代わりのもの(第1候補ではなく第2候補)を購入するのかということです。
欲しい物を購入できることを100とすれば、完全に諦めるのは0。妥協したものを購入するのは満足度的には50くらいになるのではないかなと僕は感じるのです。
ほぼ購入するのが無理だと思っても、時には無駄な抵抗をしようと思ったり、気持ちの中でバランスを取ろうとしたりすることがあります。
どうしても欲しい物を手に入れられない場合は、それに代わるものが欲しいと思ったりします。しかし、2番目に欲しい物を購入したところで、1番欲しい物を諦めきれるのかと言うと、何とも言えません。
 車を例に挙げると、超高額なスーパーカーは買えないが、ある程度の高性能車は買える。しかし、その2番目を購入してしまう事によって、1番欲しいと思うものを購入するには資金的な面でもっと難しくなってしまう。仮に1番欲しい物を購入することが結果的にかなわなくても、1番目に欲しい物を購入することを目指したて努力をし続けた方が気持ち的に満足度は高いのではないかと考えたりします。
それでも、購入資金をためるのに長い時間かかる場合はフラストレーションがたまってきます。そういった際に、2番目に欲しい高性能車ではなく、なんとなく乗ってみたいと思っていた安価で購入できる中古車を購入して、車が買えないフラストレーションをやり過ごし、お金を貯めることを続けるのもありなのかもしれないと思うのです。結果的に買えなくても、2番目を購入するより、金額的にも、精神的にも満足感が高いと考えたりもします。
しかしながら、現実には1番がダメなら2番という、安易な方向に進みがちなのは否めません。0か100か。それとも50かを決めるのは、結局自分という事なのです。